Tweet このエントリーをはてなブックマークに追加

院長挨拶

開院満十周年のご挨拶

明日で保健所から診療所の認可を頂いて十年になります。
今晩は独り静にこの十年を振り返り明日からの糧にしたいと思います。

十年程前に、友人と思い誤っていた人物に大学を辞めて開業することを勧められ、彼を信じて行動に出ましたが、結局莫大な負債を背負わされた事から始まります。

かつて、大学では鬼講師と言われながらも後輩達に涙を流させるほどに厳しく教育してきた私を見て同僚や家族は果たして私が診療所の一医師として開業医になれるかと心配していたようです。また、大学にポストを用意してあるからとお誘いをしてくださった他大学の教授には丁重にお断りをし、開業医への道を進まねばなりませんでした。そうは言っても、当時は路頭に迷う寸前でした。幸いにも某社長の御蔭でこの地で医業を行うことができるようになりました。然し乍ら、開設から数年間は月々の経費支払もままならず、その度毎に社長のご協力を仰ぐ事により支払ってきたた経緯があります。また、負債の整理のために多くの弁護士の先生のご協力も頂きました。この方々のご協力があって、初めて診療所が動き始めました。
当時、我が家の台所はオリジン弁当でありました。受付事務をしていた家内と一緒に朝早く家を出て遅くなるものですから、子供たちへの夕食を早くする方法でした。今でもその弁当屋を見ると過去の苦しかった日々を思い起こします。しかし、この苦しい期間は決して悪いものではありませんでした。家族の結束が強まったと思っています。何しろ其れ迄は、家庭は在ったものの殆ど無医村母子家庭でしたから家族で揃って何かをするということはありませんでした。私には自慢できるものは何も無い、あるとしたら私を信じて付いて来てくれた家族でしょう。

なぜ、このように開院当初の懐古談をするかというと、この時期があったからこそ今があるのであって、順風満帆な診療所運営ではなかったことを思い起こし、現状に甘えてはなるまいという戒めの為でもあります。

この十年、登録患者数は6千余人、延べ診療件数6万件超。多くの患者様がいらしてくださいました。正直な処、医師と患者とて人間同士の付き合いですから相性のよろしくない方もおられたことでしょう。原因としては、多くは私が傲慢な雰囲気を醸し出していたのかもしれません。大学講師時代に持っていた、人を寄せ付けない雰囲気を知らずしらすのうちに出してしまっていたかもしれません。しかし、それは良からぬ事と分かっておりましたから世間にはあまり見られないような診療所を心がけてきました。その一つとしては、白衣という医師の権化のようなものは脱ぎ捨て、平服で患者様と向き合う事、患者様が座られる診察室の椅子は他院ではほとんどが丸椅子ですが、私の診療所では私と同じように肘掛けや背もたれのある椅子に座っていただくことです。必要があるときに初めて丸椅子に座っていただけば良いと考えています。対等の立場になり世間話をしながら患者様の背景を教えていただき、診療に役立たせたかったという気持ちもあります。中には、あまりにもリラックスし過ぎてふんぞり返って両肘を肘掛けにつき、上司が部下へ話すかのような横柄な態度を取られる患者様もいらっしゃいました。それも良いでしょう、白衣や椅子の違いによって偉そうに患者を見下すように診療する医者にはなりたくないと常々思っておったのですから。それらの小道具が無ければ信頼を寄せて頂けないとしたら、それほど悲しい物はありません。

医療技術の発達と共に、数々の新しい診療機器が世の中には出てきています。新しもの好きの私にとっては垂涎の機器ですが、経済的観点から配置不能であるのが残念です。然し乍ら、所詮診療所の一開業医ですから、高額な医療機器を操りながらお金の算段をしなくてはならない状況では診療が疎かになってしまいます。これではいけないのです、微々たる物ですが自分自身の持てる全ての知識と技術を持って患者様と向き合い、病気を治そうなどというおこがましい気持ちは捨て、単に患者さまが安心して楽しく暮らせるようにサポートすれば良いのだと考えるようになりました。かつて、美容診療は医師の仕事ではないと思い誤っていた時代がありました。しかし、ある癌患者様に美容診療をしたところ見る見る元気になられるのを目の当たりにしたとき、また鬱々と暗く重苦しい家庭生活であった患者様がうれしい気持ちになったことで彼女の家族が生き返ったと聞いたときには、これで良いのだと思いました。幸い、指先の器用さには自信がありましたから、特に高額な機器を用意しなくてもある程度満足していただけるような施術ができるようになりました。
私が持っている専門医は麻酔科専門医ですので、診療所ではなかなかその技術を発揮できません。その事が返って何事にもとらわれすに、患者様のご助言などにより診療内容を変更する事ができたのも事実であります。

私が救えた方が僅か居られたとしても、私を救ってくれた方々の多さにはかなわないでしょう。無事に医業を続けてこられたのも、周囲の方々の温情によって支えられてきたのです。もし、私が、大学に残っていたかあるいはどこかの病院に勤務医として存在していたなら、今のように私を支えてくださる方がたへの感謝の気持ちというものは芽生えなかったことでしょう。
たしかに、辛い日も多い十年でしたが、今思えばそれも良き想い出であり、他人への感謝心を持たせてくださるチャンスであったと喜んで受け入れましょう。

最近嬉しく思うことは、保険診療や美容診療の患者様でも、暫くお見えにならなかった方たちが数年ぶりに訪れてくださることです。こんな時にはつい、お忘れではなかったのですね、と口に出してしまいます。信用して再来してくださったのですから決して裏切ることがないようにと身の引き締まる思いがいたします。

無事十周年を迎えられたのも、叱咤激励くださった方々、職員の方々そして家族もさることながら、何といっても私を信じて受診してくださる方が居られるからであります。皆々様に感謝感謝。


この先も、十五周年そして二十周年が無事に迎えられますよう祈りながら、駄文を終わらせていただきます。

平成二三年三月二五日
信州会クリニック院長
永井一成
copyright (c) 2006. Shinsyukai Clinic. All Rights Reserved.